1日1食(たまに0食)、気まぐれ断食男のブログ

日々食事は1日1食で、たまに0食という変わり者のブログです。思ったことを日々気まぐれに書いていきます。

96年1.4東京ドーム大会 その2

 

前回のあらすじ

 

1996年1月4日に僕と兄は東京ドームに

新日本プロレスの試合を観に行った。

 

前年の10.9東京ドーム大会での感動もあり、

今回も非常に楽しみにしながら

東京ドームに乗り込んだ。

 

dannjiki835.hatenablog.com

 

 

 

 

そしていよいよ試合開始の時が来た。

 

 

 

第一試合は

新日本対Uインターの対抗戦の一部、

永田裕志大谷晋二郎・石沢常光 組 対

金原弘光桜庭和志山本健一 組 の対決。

 

両団体の若手3人での6人タッグマッチ。

 

僕は新日ファンだったので、

もちろん永田選手のテーマ曲で入場してきた

新日側チームを応援しまくった。

 

 

試合は最後、永田選手が山本選手に

得意のフロントスープレックスを放ち、

すぐさま腕ひしぎ逆十字固めを極め、

ギブアップを奪い、新日チームが勝利した。

 

 

 

第二試合は

 

天山広吉 対 小島聡

 

この試合は長らく海外に修行に出ていた

小島選手の凱旋帰国試合。

 

実は小島選手の事は

この大会の時点では過去のテレビでの

映像でしか知らなかったが、

この日、新たな入場テーマ曲で

会場に姿を現した時に、

その体つきの変化に驚いた。

 

かなりビルドアップされて、

遠征前よりもだいぶゴツい体になっていた。

 

コスチュームも含めて

シルエットが佐々木健介選手並みに

ゴツく、大きな肉体になっていた。

 

対戦相手の天山選手の体格にも

引けを取らない体格だ。

 

そして試合も開始早々

攻撃を次々と仕掛け、

渾身のラリアットをぶちこむなど、

その見た目通りのパワーを見せ、

さらに試合中盤には

リング下の天山選手に向かって

トペを放ったり、

さらにはムーンサルトプレスまで見せ、

空中技まで繰り出すという

驚きの動きも見せた。

 

試合は最後は天山選手が

ダイビングヘッドバットをお見舞いし、

そしてそのままフォールして

天山選手が勝利。

 

小島選手は凱旋試合を

勝利で飾ることができなかったが、

じゅうぶんに印象に残る試合を見せたと思う。

 

 

 

第三試合は

IWGPジュニアヘビー級選手権試合。

 

チャンピオン、金本浩二選手 対

挑戦者、獣神サンダーライガー選手の対戦。

 

新日のジュニアの2トップともいえる

この両者の戦いは、

最後はライガー選手が勝利し、

久々にジュニアヘビーのベルトが

ライガー選手のもとに返ってきた形になった。

 

 

 

第四試合の

越中詩郎選手 対 蝶野正洋選手の対戦は、

越中選手が得意のパワーボム

しかも物凄い高さまで蝶野選手を抱え上げ、

そのままマットに叩きつけ、

そのまま首固めで越中選手が勝利した。

 

 

 

第五試合は

Uインター安生洋二選手対、

WARから参戦の冬木弘道選手の対戦。

 

この試合は当時ブーイングマッチ

とも言われた、両者共に

ブーイングを受けながらの試合だったが、

安生選手がリング下で冬木選手に

締め技を極めようとしている際に、

冬木選手サイドの選手が

背後からガムテープで安生選手の顔を

グルグル巻きにしたりと、

やりたい放題な試合で、

安生選手もその後、

顔にガムテープを付けながら応戦していたが、

最後は冬木選手のラリアット

まともに食らい、

そのままフォール負けをした。

 

最後試合が終わった瞬間に、

Uインターの高山選手が

リングに飛び込んできて、

冬木選手サイドを攻撃したのが

印象的だった。

 

 

 

第六試合は、

馳浩選手 対 佐々木健介選手の対戦。

 

この試合は、この当時、

国会議員を務めるために引退する

馳選手の引退試合だった。

 

僕は馳選手は好きな選手だったので、

長期休業から

久しぶりに出てきたかと思ったら、

引退試合という形になってしまい、

とても残念だったのを覚えている。

 

 

まず佐々木健介選手の入場。

 

田中リングアナのコールの後、

まず聞こえてきたのは

 

TAKE THE DREAM という歌詞。

 

 

いつもと違うものが聞こえて

一瞬呆気にとられた。

 

 

そう、健介選手はこの日から

テーマ曲を TAKE THE DREAM 

という曲に新しく変えたのだ。

 

その新たな入場テーマ曲で花道に登場し、

先にリングに上がる。

 

そして馳選手の入場。

いつもの TWO  HEARTS が流れ、

会場のライトも馳選手のカラーである

黄色のライトで綺麗に光っていた。

 

 

リングインして花束を受け取っていた馳選手。

 

その中で自民党森喜朗氏も登場し

花束を渡していたのを思い出す。

 

 

試合は馳選手の得意技である

裏投げジャイアントスイング

ノーザンライトスープレックス

STFなどを見せていたが、

最後は健介選手の

ノーザンライトボムからのフォールで

健介選手が勝利した。

 

 

試合後、馳選手がリング上で引退の挨拶をし、

馳選手の引退試合は幕を閉じた。

 

 

続く

96年1.4東京ドーム大会 その1

 

僕は中学生から高校生くらいまでは、

兄と一緒にプロレスに夢中になっていた。

 

特にファンだった団体は新日本プロレスで、

いつもテレビの

ワールドプロレスリングを観たり、

週刊プロレス週刊ゴングを買って読んだり、

実際に会場まで行って

プロレスを生で観戦したりしていた。

 

 

いまくらいの時期(1月)といえば、

なんといっても正月、

1月4日に新日本プロレス

恒例の正月興行である

1.4東京ドームが行われていた。

 

当時僕と兄は、

95年の10.9東京ドーム大会で

初めて東京ドームでのプロレス観戦で、

感動と衝撃を受けてから、

新日本プロレス

東京ドーム大会を観に行くことが

楽しみで楽しみで仕方なくなった。

 

なのでその10.9大会以降は

しばらくは東京ドームでの興行があると

必ず観に行っていた。

 

だから90年代半ば頃から

2000年代初頭くらいまでは、

毎年1月4日に1.4東京ドーム大会を

観に行くのが僕と兄の恒例だった。

 

過去記事にも書いたけど、

本当は正月には遊びには行きたくない

という気持ちはあったけれど、

この1.4東京ドーム大会は例外で、

まぁ1月4日という

正月も4日まで来ている

ということもあって、このプロレス観戦は

自分でも許せた部分があったのもある。

 

 

 

最近の新日本プロレスの事は

全然知らなかったけど、

なんと1月4日だけではなく、

翌日の5日の日も東京ドームで

興行が行われているのだ。

 

これにはびっくりした。

 

東京ドームという大舞台での興行が

2日も連続で行われているとは、

時代も変わったものだ。

 

 

そういえばあの頃の1.4大会は

もの凄い観客動員数だった。

 

プロレスそのものが

大人気だった時代だったのか。

 

その中でも新日本プロレス

プロレス団体の中でも

ダントツの人気を誇っていた。

 

96年の1.4大会なんかは

前年の10.9のドーム大会、

新日本プロレス

UWFインターナショナル

対抗戦の余韻もあって、

観客動員数も

10.9大会よりは少ないとはいえ、

64000人という動員数に達した。

 

特に僕も10.9の余韻があって、

この96年の1.4大会は

特に印象に残っている大会だ。

 

試合も全試合記憶に残っているけど、

会場のセッティングも記憶に残っている。

 

東京ドーム大会ならではの

選手が入場する花道が

いつもの位置と逆になっていたのが

印象強く残っている。

 

 

僕はこの日、前回のドーム大会の感動を

胸に秘めたまま、2回目の東京ドームでの

プロレス観戦にワクワクしながら、

前回と同様、一番安い

5000円の席に向かうため、

会場(2階席)に入り、

リングのほうを見下ろすと、

花道が逆に設置されている事に

真っ先に気が付いた。

 

前回やその他のドーム大会では、

たいていは選手が入場してくる花道は、

バックスクリーン側から

選手が出てきて歩いてくる感じに

設置されているのだが、この時は逆の、

ホームベース側から選手が

中央のリングに向かって歩いていく

という設置の仕方だった。

 

なぜそうなったのかは

大会運営の方にしかわからないだろうけど、

なんか違和感を感じたのを覚えている。

 

ちなみに正月ということで、

花道のホームベース付近の位置に

門松も飾ってあった。

 

 

イベント開始の時刻になり、

いつものオープニングや坂口社長の挨拶、

対戦カード発表があり、いよいよ試合開始。

 

この日の試合は10試合行われた。

 

 

続く

僕の筋トレ遍歴10 またベンチプレスのMAXに挑戦した

 

以前に書いた筋トレ関連の記事から

だいぶ間が開いてしまったけど、

僕の筋トレ遍歴の続きを書こうと思う。

 

前回までのあらすじとしては

僕が高校2年生の時までの事を書いた。

 

dannjiki835.hatenablog.com

 

 

 

自宅から自転車に乗り、時間をかけて

スポーツクラブのジムに通う

という日々を続けていた。

 

細い体と軽い体重ながらも、

筋肉は付いていき、

扱う重量も増えて行ったりしていた。

 

 

時は流れ、高校3年生になった4月。

 

普段行っていたベンチプレスでは、

だいたい10レップくらい

できる重量に設定して、

それで何セットかやる方法を

しばらくは行っていたのだが、

また久しぶりに

MAXに挑戦してみたくなった。

 

 

前回MAXに挑戦したのは

もう1年近くも前の事だった。

 

思えばこのスポーツクラブに入会してからは、

MAXには1度も挑戦してなかった。

 

その1年近く前に上げたのは75kgで、

それからはいつも

10レップくらいできる重量で、

セットを行っていたので、

MAXとは無縁だった。

 

でも久しぶりに

MAXに挑戦してみたくなって、

80kgに挑戦してみることにした。

 

僕はジムのインストラクターの人に頼んで

補助についてもらい、80kgに挑戦した。

 

 

久しぶりのMAXは、

やはりそれまでのトレーニングで

筋力が付いたのか、すんなり成功した。

 

 

 

やった!

 

 

 

僕は嬉しかった。

 

日々のトレーニングの成果は

ちゃんと出ていたのだ。

 

それに気を良くした僕は、

この2週間ほど後に

またMAXに挑戦してみたくなった。

 

 

今度は82.5kgに挑戦しようと思った。

 

いきなり5kg増やすのも無謀かな

と思ったので、前回より2.5kg増の

82.5kgに挑戦した。

 

僕はまた前回と同様に

インストラクターの人に補助に付いてもらい

82.5kgのバーベルを思いっきり押し上げた。

 

 

 

成功!

 

 

 

やった!また上がった。

 

 

やはり当たり前だけど、成功すると

MAXに挑戦するのが楽しくなる。

 

僕はこのまた2週間くらい経った時に

またまたMAXに挑戦してみた。

 

今度は85kgだ。

 

さすがにどうかなと思ったが、

とにかく挑戦してみることにした。

 

ベンチに寝転がり、

バーを握ってラックから外す。

 

さすがにスシリと、重さをかなり感じた。

 

胸まで下ろし、全力で押し上げた。

 

 

 

途中で止まりかけたが、

なんとか最後まで押し切った。

 

 

 

成功!

 

 

 

85kgを上げる事ができた。

 

 

この1年近くの間、

10レップくらいできる重量で

ベンチプレスをやり続けていたが、

それでけっこう筋力が付いていたことに

改めて気づかされた。

 

 

正直体重はあまり変わらず、

この時52kgという体重だったが、

筋力はどんどん付いていたらしい。

 

普段のベンチプレスも無駄ではなかったと

嬉しく思い、ここからまた

10レップで行うベンチプレスを

続けていった。

 

 

続く

業務スーパーの やわらか味噌煮豚を実食

 

業務スーパーの人気商品、

やわらか味噌煮豚

 

ついに手に入れた。

 

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これも以前から気になっていた商品

だったけど、かなりの人気商品らしくて、

僕の家の近所の業務スーパーでも

いつも売り切れていて、

店に置いてない日が多かった。

 

 

だけどこの間、ついに買う事ができた。

 

 

口コミによると

豚の角煮に似たようなもので、

肉は柔らかいし、

脂身はプルプルで美味しいらしい。

 

そうなればもう豚の角煮、

そして豚の脂身大好きな僕は

もう当然買うしかないと思っていた。

 

しかし買いたくても、

いつも品切れ状態で

なかなか手に入れるチャンスがなかった。

 

そして今回ついに手に入れることができた。

 

 

 

税抜きで498円のこの商品。

 

豚のタンルートという

豚の舌の根本の部分の肉らしい。

 

そんな部位は食べた事がないけど、

脂身が多くて美味しいらしい。

 

袋から出してみるとこんな感じ。

 

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レンジで温めるか湯煎で温めて食べるらしい。

 

 

1度に全部食べるとたぶん多すぎるので、

半分くらいにする。

 

 

少し小さく切って、

レンジで温めた。

 

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おぉ~、味噌のいい香りがする。

 

 

なんだか懐かしい匂いがした。

 

 

この匂いは

過去に嗅いだことのあるような匂いだ、

なんだろう??

 

 

 

 

わかった!

 

 

 

母がいつも作ってくれていた

豚の味噌焼きの匂いだ。

 

 

昔、母が豚肉を味噌に漬けて焼いたものを

よく作ってくれた。

 

その匂いに似ている、懐かしいなぁ。

 

 

そんな懐かしさを思い出し、

さっそく実食。

 

 

 

 

ほんとに柔らかい!

 

 

やわらか味噌煮豚という商品名の通り、

肉が柔らかい。

 

やわらかという名に偽りはなかった。

 

 

脂身部分もとろけそうで、

確かに豚の角煮だなこれは。

 

 

これはいいなぁ、

部位が豚のタンルートと聞いて

どうなんだろうという思いはあったけど、

全然OKだ。

 

味噌味のタレも甘めで、辛さもないから

僕好みの味付けだ。

 

値段的にコスパもいいし、買って正解だった。

 

 

これはもう確実にリピート決定商品だな。

 

昨日は成人の日

昨日は成人の日で、

各地で成人式が行われていた。

 

街を歩いているスーツを着た若者や

振袖姿の女性を見ると、遠い昔の記憶だけど

自分の成人式を思い出すなぁ。

 

あの時は地元のコンサートホールで

成人式が開かれていて、

それに参加してきた。

 

幼い頃からずっと仲の良かった友達、

U君と2人で成人式会場に向かった。

 

やはり成人式はその地元ごとに開催なので、

小学校や中学校の時の同級生達が

たくさん集まってくる。

 

僕は中学の時に

いじめにあっていた経験があるので、

小学校の時の同級生はともかくとして

中学校の時の同級生には会いたくなかったが、

なんとか小学校時代の同級生達と固まって

近況報告などをしながら談笑をしていた。

 

当時はほとんどの同級生が大学生

という状態だったが、

僕は高卒で就職して、しかもこの少し前に

会社を辞めたばかりだったので

無職の状態だった。

 

みんなの近況を聞いて、

自分の落ちこぼれ感を感じながら、

ホール内で

イベントが始まる時間になったので、

ホール内に移動してイベントの鑑賞をした。

 

区長さんや来賓の挨拶を聞いて、

歌手やバンドグループの演奏を聞いたり、

新成人の誓いの言葉を聞いたり、

クイズゲームをしたりと、

あっという間に時間が過ぎて行った。

 

 

式の終了と同時にお昼頃になり、

小学校の同級生数人と

お昼ご飯を食べに行く事になった。

 

どこで食べるか

みんなでウロウロしていたけど、

結局ファミレスに行った。

 

そこでまた談笑しながら食事をして、

そのあと、そのメンバーのうちのひとり、

Y君の家にU君と一緒に行き、

3人で夕方までプレイステーションで遊んだ。

 

 

家に帰ると、

仕事場の父から電話がかかってきて、

今日は成人式のお祝いに、

夜に家族で行きつけの

駅ビルの中華料理屋で食事をしよう、

と言って来た。

 

そのお店の中華料理は僕も大好きだったので、

喜んでお言葉に甘えることにした。

 

家族みんなで中華料理屋で乾杯をしてくれて、

僕は大好きなこのお店の中華料理を堪能した。

 

 

という感じで

僕の成人式の日はこんなところだけど、

成人式自体は特別良かった

という思い出にはなっていないけど、

まぁ行って良かったのかな。

 

行ってなかったら

それはそれで今頃後悔していたのだろうか?

 

人生で1度しかない成人式に

参加しておいて良かったのかもしれない。

 

こういうのは時が経った時に

痛感したりするものだ。

 

だから今年成人式を迎えた人達も、

きっと何十年か経った頃には

大切な思い出となっていることでしょう。

正月には遊びに行きたくない

昨日から3連休という人が多いから、

旅行などに行く人もいるのかな。

 

年末年始も今はコロナの影響で

どうだかわからないけど、

やはり年末年始も大型連休だったから

旅行に行った人もいたことだろう。

 

うちも昔、

正月に旅行に行ったことがあった。

 

それは僕が3歳の時、

家族で伊東に旅行に行った。

 

サンハトヤに泊まったのだが、

僕は3歳だったので、

はっきりとは覚えていない。

 

 

僕は子供の頃、旅行が大好きで、

父が連れて行ってくれる旅行が

毎回楽しみだった。

 

だけど、年末年始、

特に正月に旅行に行きたいかと問われると、

答えはノーだ。

 

旅行は好きだけど、

年末や正月には行きたくない、

これは子供の頃からずっと思っていた。

 

その理由は単純で、

単に年末や正月の気分を味わいたいからだ。

 

年末や正月気分を味わうには、

やはり家で年越しそばを食べたり、

お雑煮を食べたり、

正月関連のCMを見て実感したり、

元旦にはうちで新年会をやったり、

出かける時も、娯楽施設などではなく、

神社仏閣に行き、

初詣客で賑わう、普段とは違う込み具合の

神社やお寺に行ったり、

神社の近くの道で

破魔矢などを持って歩いている

神社に行って来たと思われる人達と

道ですれ違ったりすると

「あ~正月だなぁ」と実感できる。

 

これを体感したいのだ。

 

だからその時期に旅行に行ってしまうと、

普段の連休と変わらない感覚になってしまう。

 

これが嫌なのだ。

 

せっかくの正月の気分が味わえないのだ。

 

これはあくまで僕個人の感覚だから、

人それぞれ正月の感じ方というものは

違うとは思う。

 

逆に旅行など、遊びに行ったほうが

正月気分を味わえるという人もいるだろうし、

それは人それぞれ

感じられる方法は違うだろう。

 

でも僕はやはり遊びには行かずに、

上記のような過ごし方のほうが

正月を実感できて好きだなぁ。

 

 

そういえば小学生の頃に

元旦にスーパー銭湯に行ったことがあった。

 

この時は前年に僕の母の母親である

祖母が亡くなって、喪中ということで、

毎年恒例の元旦に行われていた

叔母の家族との新年会が中止になったので、

父がスーパー銭湯にでも行くかと提案した。

 

今思うと、新年会が喪中で中止になったので

スーパー銭湯に行く、というのは、

全然喪に服してないじゃん。

と、自分で自分の家族にツッコみたくなるが、

とにかく喪中で新年会が中止。

同じく喪中だから

神社にもお参りには行けない。

だから元旦に暇を持て余してしまった

状態なので、スーパー銭湯

それもいつも行ってる

東京健康ランドとかではなく、

ちょっと遠出をして、

普段行かないスーパー銭湯に行ってみよう、

と、父は言い出した。

 

うちら家族はその父の提案通り、

遠くの初めて行くスーパー銭湯に行き、

元旦を過ごした。

 

でも僕はなんだか

楽しめなかったのを覚えている。

 

普段ならスーパー銭湯に行くのは大好きで

楽しみのはずだったが、

やはり自分の中で

元旦にスーパー銭湯に来ているのは

だいぶ違和感があった。

 

やはり正月、特に元旦は

自宅に居たり、

自宅周辺の神社仏閣などに行って

正月気分を味わっていたほうが断然楽しいと、

改めて感じていた。

 

だからこの年の正月は楽しくなかった

という思い出で今でも記憶に残っている。

 

そういう感覚を持っている僕だから、

やはり現在でも正月は自宅に居るか、

出かけるにしても神社仏閣に行く、

という過ごし方が、

正月をじゅうぶんに実感できて

嬉しいのである。

 

まだまだ正月の終わりを認めない

 

昨日は東京に雪が降って

久しぶりに積もるまでいった。

 

雪国の人達からすれば

全然たいしたことない積雪量

かもしれないけど、

東京にしてはかなりの積雪で、

早くも路面の凍結などで

みんな四苦八苦している。

 

そろそろ子供達の学校も始まる頃かな?

 

休み明けの登校でこの凍結した路面では、

危険だし可哀そうである。

 

 

お正月ももう終わり。

 

といってもお正月の期間に関しては

それぞれ定説があって、

各々解釈の違いがあるみたいだけど、

少なくとも世間的には

もう今はお正月は終わっている

という雰囲気である。

 

 

毎年僕は、今日みたいに

1月7日くらいになっても往生際悪く、

「まだまだ正月だ」

という気持ちに無理やり考え、

正月の終わりを認めない考えを

無理やりしてきた。

 

これは別になんてことないのだけど、

ただ単に正月が終わってしまうと思うと

寂しいと思うからだ。

 

もう7日くらいになると、

お正月飾りなんかも外され、

街でも正月の雰囲気が

ほとんど見られなくなる。

 

実際にスーパーやコンビニなんかに行くと、

もうすでに恵方巻の広告などが出ていて、

早くも2月3日の節分の宣伝に

切り替わっている。

 

まあ当たり前なんだろうけど、

僕はまだまだお正月の名残を

往生際悪く探してしまう。

 

たいていは神社に行ってそれを味わう。

 

神社に行くと、まだ一応

初詣客を迎える状態になっており、

参拝客も、まだこの時期だと

普段の日よりかは多く、

僅かに正月の雰囲気が残っていると実感する。

 

特に僕は昔から近所の氏神神社

古いお札やお守りなどを燃やすスペースが

まだそのままになっていると、

ギリギリまだ正月の名残があって嬉しかった。

 

しかしさらに日が経つにつれ、

参拝客がさらに減っていき、

ついにそのお札やお守りを燃やすスペースが

撤去されていると、とうとう

お正月は完全に終わってしまった・・・

と、観念することになる。

 

こうなるとさすがにもう

正月は終わったと認めざるをえない。

 

しかしここまでしぶとく

正月の終わりを認めないのが

僕の毎年の定番だった。

 

他の人からすると

実にくだらない事だと思われるけど、

僕にとっては割と大事なことで、

こんなことを長年続けてきた。

 

別に正月だから何をする

というわけではないのだけれど、

その正月がまだ続いていると、

なんだか嬉しい、

と感じていた子供の頃の名残が、

いまでもしつこく

体に染みついてしまっているようだ。